2008年06月14日

『ブランデンブルク協奏曲』 全曲演奏会

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『ブランデンブルク協奏曲』は、私にとって思い入れの大きい曲である。何せ中学生の頃この曲を聴いて、一気にバッハ好きになってしまったのだから。

さて本日、彩の国さいたま芸術劇場にて行われた、バッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ)の『ブランデンブルク協奏曲』全曲演奏会に足を運んだ。

『ブランデンブルク』は、バッハのケーテン時代の最も華やかな曲の一つで、広く人口に膾炙しているだろうから、ここで敢えて一つ一つの曲の講釈などはしない。

BCJの『ブランデンブルク協奏曲』を聴くのはこれで2回目になるが、今回少し楽しみにしていたのは、ヴィオロンチェロ・ダ・スパラという楽器が、新たな解釈によって一部チェロパートの代わりに加わるということだった。 スパラとは肩の意で、すなわち肩のヴィオラということだそうだ。音域はチェロと同じで(但し弦は5本)、ベルトでギターのように肩から下げて弾く。ヴァイオリンやヴィオラより下の位置で弾くので、パッセージや移弦は少し難しそうな印象も受けた。

『ブランデンブルク協奏曲』で私が最も好きなのはチェンバロが主役に廻る第5番で、第1楽章にはチェンバロの壮大なカデンツァが入る。私はこの鳥の羽軸が弦をはじく、「ぢいん」という音が何より好きなのだ。

普段はリヒター版に聞き慣れているのだが、BCJでは時々特有の溜めがあり、それが全然間延びした感じではなく、丁度いい歌心となって響いた。

最後にバッハの大家クイケンに学んだ、若松夏美さんのソロヴァイオリン・ヴィオラが、隣りの席の古楽ツウの紳士を唸らせる程、とても上手かったことを付け加えておく。


■バッハ・コレギウム・ジャパン 『ブランデンブルク協奏曲』全曲演奏会
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2008年04月08日

頭痛とロカテッリ

たんたらたら たんたらたらと 雨滴が 痛むあたまに ひびくかなしさ
−石川啄木『一握の砂』

Locatelli

此の頃片頭痛が日々の如く私を苛まし、記事の更新も儘ならない。
聞くところによると石川啄木は酷い片頭痛持ちだったようで、雨垂れのリズムさえ頭痛の拍動と連鎖して響くというのだから、相当なものだったのだろう。

啄木のように雨垂れが響くということはないけれど、私の場合、頭痛の酷い時にはロカテッリ『ヴァイオリンの技法』協奏曲第1番、特に第1楽章のカプリチオが、聖アントニウスの耳元で囁く怪物の声のように繰返し響くのだから敵わない。

「まァ、贅沢な苦悩もあったものだナ。ふふ。」
と独りごちてはしんしんと頭痛の治まるのを待つのが、最近の日常である。


■『ヴァイオリンの技法』(全曲)  イ・ムジチ合奏団
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2008年02月22日

ヘンデル氏の作品でないヘンデルのソナタ −或いはその様式美

ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集.jpg

先般、公の場で演奏することになり(と言っても演奏会のような大袈裟なものではなく、ササヤかな発表会だが)、さて選曲をどうしたものかと考え倦ねていたので、我が提琴の師に相談することにした。

「今、丁度練習なさっているヘンデルのソナタNo.2では如何ですか?」
「4楽章を全て弾くには長すぎますよ。先生。」
「第1、第3、第4楽章の3曲ではどうでしょうね。」
「それでは、緩緩急のAAB形式になってしまいますが…。」
「第1楽章と第3楽章を絶え間なく弾くようにして、1曲のような形にしてしまえば良いのですよ。その後、第4楽章に一気に入るようにしては如何かしらね。」
「…!」

成程、つまり緩急の2曲にしてしまうのである。これならまだ自然かもしれない。緩急緩急と云えばバロックソナタの形式の定番であるが、こうした様式美を考慮しながらの選曲も楽しいものだ。

現在ヘンデルのヴァイオリン・ソナタとして敷衍しているNo.2は、正確には作品1-10にあたり、実際にはヴァイオリンでの演奏の指定はない。またこのソナタの版は主に3つあり、内、大英図書館に所蔵されている「ウォルシュ版」の1つには、作品10と12は「ヘンデル氏のソロではない」と書かれているそうである。

愈々真作か否かは定かでは無くなってしまったが、楽器の指定のないヘンデル氏の作品ではないソナタを、様式を保ちつつもヴァイオリンで弾く…というのも少々不思議な心持がした。


■『ヘンデル/ヴァイオリン・ソナタ集』 アルトゥール・グリュミオー
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2008年02月17日

弾かないピアノ

今日、世間の人は一様に私のことを第二のルビンシュタインだといつているが、彼女の云い分の方が当たつているのだ。
−アーネスト・ダウスン『利己主義者の憶い出』

拙宅には一台のピアノがある。
先日、友人が遊びに来て戯れに弾いたところ幾つか出ない音があったので、昨日修理と相成った。製造年から既に40年以上は経過している随分と古いアップライトピアノで、鍵盤蓋の裏にはRUBINSTEINと刻印されている。
ショパンの大家アルトゥール・ルービンシュタインから名を借りたのか、それともダウスンの短編にも登場したロシアの大ヴィルトゥオーゾ・ピアニスト、アントン・ルビンシテインの名を冠したのだろうか。(少し調べるとルビンシュタインピアノというメーカーが製造した国産ピアノであることが判った。)

ピアノなんぞ弾けないくせに何となく愛着があり、ベーゼンドルファーにもSteinway & Sonsにも敵わない只古いだけのピアノだったが、私はその趣きを大切にしたかったので結局修理を頼むことにした。調律師の方も随分と手こずったようだった。

かくして修理は完了し、RUBINSTEINは再び拙宅の居間に鎮座ましましている。
ピアノは家具や調度品ではない。楽器である。しかし残念なのはその楽器を楽器たらしめる奏者が拙宅には居ないことである。
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2007年09月03日

『平均律クラヴィーア曲集第1巻第5曲〜プレリュード ニ長調』 −弦楽二重奏版

INVENTIONS
『平均律クラヴィーア曲集第1巻第5曲〜プレリュード ニ長調』(BWV850)を練習中である。 おや?と思った方もいるかも知れない。 広く知られている通り、この曲は大バッハが息子ヴィルヘルム・フリーデマンの教育用として書いた鍵盤楽曲だが、私はピアノは弾けない。そう、私はこれをヴァイオリンで弾こうというのだ。

とは云うもののヴァイオリンは単旋律楽器であるから、伴奏は他の楽器に委ねることになる。私は音楽の師であり、良き茶飲み友達でもあるI女史に伴奏をチェロで頼むことにした。 I女史はチェロの演奏を趣味としているが、本業はピアノ講師であるからバッハの鍵盤楽曲を弾くのなら打って付けだ。

実はこの曲は、J・S・バッハの『インヴェンションとシンフォニア』や『平均律クラヴィーア曲集』、『フランス組曲』や『イギリス組曲』等を、ヴァイオリンとチェロのデュオ用にフレデリック・ノイマンが編曲・編纂をしたもので、『ヴァイオリンとチェロのための20の二重奏曲集』に収められている。 ルノー・カプソンとゴーティエ・カプソンはアルバム『INVENTOINS』のなかで内7曲、多彩な対位法を弦の2声によって表現している。兄弟ということもあり、息はピッタリである。(写真)

フレデリック・ノイマンはアメリカの音楽学者で、『ゴールドベルク変奏曲』の非バッハ説を唱えた一風変わった人物でもあるが、彼の著した『正しい装飾音奏法』は(評判の良し悪しは有れど)、バロックを演奏するには一度は読んでみたい1冊だ。(残念ながら、現在絶版である。)

さて、この『平均律〜プレリュード』をデュオでやりましょうと話を持ちかけた時、その刹那I女史が少し眉を顰めたのを私は見逃さなかった。
磯山雅氏によればポリフォニーを多用した『インヴェンション』や『平均律〜』は、ピアノ弾きを志す音大生にとってかなり早い段階で習う練習曲であり、それが一種のトラウマともなっているという。
ちなみに『平均律〜プレリュード』はポリフォニーを使っていない。I女史は楽譜をパラパラとめくって、「いいわよ。」と快諾してくれた。バッハ好きのI女史にトラウマなぞあるはずもないのだが。


■『インヴェンションズ』−ヴァイオリンとチェロのデュオ・アルバム2 ルノー&ゴーティエ・カプソン
■『正しい装飾音奏法』 著:フレデリック・ノイマン 音楽之友社
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2007年07月14日

『無伴奏チェロ組曲』 −ヴァイオリン編曲版

私は組曲を王冠の宝石のようにしっかり抱きかかえて帰宅した。部屋に入るなり、楽譜をむさぼるように繰り返し読んだ。あれは私が13歳の時だった。しかしそれからの80年間発見の驚きは増しつづけているのだ。あの組曲が私に新天地を開いてくれた。私は言葉には言えない興奮をおぼえながら組曲を弾きだした。そして私の最愛の音楽になった。
−パプロ・カザルス

The 6 Solo Suites for viola
『無伴奏チェロ組曲』は、チェロ弾きにとってはバイブルとも云える曲で、これをヴァィオリンで演奏するなど愚の骨頂かもしれない。
つい先日、とある公の場で2曲ヴァイオリンの演奏をさせて頂いたが、うち1曲を『無伴奏チェロ組曲』の第1番 ト長調 BWV1007よりサラバンドとしてみた。 この曲をヴァィオリンで弾くと、どうも高域が鋭く目立ち、浮いたような軽薄感があることは否めない。そこで、現在主流であるモダンピッチ(442Hzで調弦)から、バロックピッチ(415Hzで調弦)に変更すると、少しやわらかみのある音になった。 しかし、今度は弦の張力が弱くなり、低域はブルブルと振動するようになってしまったので、結局モダンピッチで演奏することとした。
厳密に云えば、バロックピッチにするならピリオド楽器で弾かねばならないし、その為の奏法も当然変わってくる。『チェロ組曲』をVn.で弾くことが既にイレギュラーなのだから、さらにイレギュラーなことをして何としよう。しかし、古楽器チックな(当世風にいうなら)音色も出せるということで、こんな遊びもたまには良い。

ヴァイオリンによる編曲版『無伴奏チェロ組曲』の録音は、寺神戸亮さんが第6番のガヴォットを弾いているくらいである。むしろ今回参考になったのは、今井信子さんのヴィオラ編曲版である。(写真) 私のような奇特な方は少ないと思うが、一応同好の士のためにVn.編曲版の楽譜のリンク先を挙げておく。


■『無伴奏チェロ組曲』 ヴィオラ編曲版 今井信子 (PHCP-11185/6) ユニバーサルミュージック
■『無伴奏チェロ組曲』 ヴァイオリン編曲版 楽譜 (Bachの頁) Werner Icking Music Archive
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2007年05月15日

仲道郁代 デビュー20周年記念 ピアノ・リサイタル

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私が無味乾燥な高校生活を送っていた頃、一人の恋人ができそしてその初デートが仲道郁代さんの公演であったように記憶している。図書館で待合せをし、隣接する市の運営するホールで聴いたのはベートーヴェンのピアノコンチェルトだったように思う。

先日、隣町まで愛車を駆って彼女のソロ・リサイタルを聴きに行く(佐倉市民音楽ホールにて)。仲道さんの演奏を聴くのは本当に久しぶりであった。曲目は次の通りで、前半がグリーグ『抒情小曲集』から幾つかと、リスト『愛の夢』第3番と『ため息』、シューマン編曲『ミルテの花』より“献呈”、そして後半はベートーヴェン ピアノ・ソナタ『悲愴』と『熱情』であった。
勿論ベートーヴェンも好かったが、私にとっての嬉しいサプライズは、アンコールで弾かれたショパン『幻想即興曲』だった。私の高校時代の青春は彼女の演奏するショパンと供にあったといってもいい。中でも『幻想即興曲』は繰返し聴いた曲である。

仲道さんが演奏に入る姿は全く自然体であり、またピアノと対話をしているようにさえ見受けられる。あの小柄で華奢な身体の何処にその慈愛とエネルギーを秘めているというのか。 先頃よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集録音に精力的に取組んでおられる仲道さんはデビュー20周年を迎え、演奏は益益円熟味を増し表現力の豊かさには溜息しか出ない。 アンコールの前に仲道さんが言った「いつも心の真ん中に音楽を持ち続けて行きたい」という言葉が何より印象的であったことを最後に付加えておく。

追記:尚アンコール曲目は次の通り。ベートーヴェン『エリーゼのために』、ショパン『幻想即興曲』、『夜想曲第20番(遺作)レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』、エルガー『愛の挨拶』の4曲。


■仲道郁代 Official Website
■仲道郁代 デビュー20周年記念 ピアノ・リサイタル (佐倉市民音楽ホール)
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2007年05月05日

音楽は純粋な遊び

音楽一般における本質的な遊びの資質は改めて強調するまでもない。それは人間のもつ「遊ぶ能力」(facultas ludendi)の最高至純の現れだ。   −ヨハン・ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』

Monique Haas
私がヴァイオリンの演奏をささやかな愉しみとしていることは、先にも述べたとおりである。しかしそれは、弾くとか嗜むといった上品なものではなく、むしろ掻き鳴らすといった表現のほうが正しいのかもしれぬ。

普段はコンチェルト等の派手なソロ曲を弾くことの方が多いが、時折親しい友人で集まってアンサンブルを楽しむこともある。最近の課題曲はドビュッシーの『夢想』である。
パートは私の拙いヴァイオリンと、時々ピアノ伴奏でお世話になっているI女史のチェロ、そして拙ブログのリンク先である、がぶりぽんチョコさんのピアノでの所謂ピアノ三重奏だ。各楽器の調和の妙を試すがめつしながら整えていくのもトリオの醍醐味である。

ピアノ講師であるI女史は時々口にする。「音楽を楽しみましょう!」と。私はこの言葉が好きである。ホイジンガを態々引き合いに出すまでもなく、「すべての音楽的行動の本質をなすものは遊びである」といった概念を、最も端的に表しているような気がしてならないからだ。

補記:今回『夢想』の練習にあたり、『LA VIE EN ROSE』の管理人であるSAHARAさんも愛聴される、モニク・アース演奏のドビュッシー作品集が大変参考になったことを付加えておく。改めて謝辞申し上げたい。


■行政書士がぶりぽんチョコの日記 …士業を生業とする傍ら、ピアノの演奏を趣味とする友人、がぶりぽんチョコさんのブログ。音楽に対する姿勢は常にひたむきであり真摯である。
■『月の光〜ドビュッシー:ピアノ名曲集』 モニク・アース ワーナーミュージック・ジャパン(WPCS4621/2)
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2007年04月30日

『24のカプリース』 −ピアノ伴奏版

パガニーニはナポレオンのように、この宇宙に存在する悪魔的な要素のようなものを身につけているが、そういった要素は一般的に言って、芸術家の間では画家よりも音楽家の中に見ることのほうが多い。   −ゲーテ

拙ブログにて音楽のことを書くのは、いささか気恥しい。
私は師にヴァイオリンを学びてもう随分経つが、この音楽という極めて直感的な純粋芸術は、知る程にその頂上には霧霞が掛かり、見えなくなっていくからである。

閑話休題、ニコロ・パガニーニは私の大好きな作曲家であるが、同好の士である私の友人たちにはすこぶる評判が悪いようである。 技巧的、享楽的、山師、ドケチ等等…。
しかし彼の曲は、実は非常に牧歌的であり、情緒に満ちて美しいのである。あまりにも有名な『24のカプリース』は、そんな特徴がよく現れている曲といえる。

24 Caprices
GRAMMOPHON/ポリグラムからの同曲は、今を時めく気鋭のヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレット16歳の時の録音だが、シューマン編曲のピアノ伴奏付という一寸珍しい版だ。
当時、無伴奏の曲に伴奏譜を付加することは時代の要請ではあったが(シューマンはバッハの『無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティータ』にも伴奏をつけている)、ことパガニーニに対しては異常なまでの心酔ぶりであったようだ。

paganini-02paganini-01
※パガニーニの写真(左)と、遅れてきたデカダン画家アラステアによるパガニーニ(右)。写真を基にして描かれているのは明らか。落ちくぼんだ眼窩、こけた頬、鷲鼻は如何にも悪魔の様だ。 しかし、ダゲレオタイプの発明が1839年であり、この年パガニーニは既に死神に魅入られている(翌年死亡)のを鑑れば、写真の人物がパガニーニ本人であるかどうかは疑念の余地が残る。

通常、伴奏の付加によってリズムは単調になり、曲の即興性は損なわれがちだが(つまりソロ奏者にとって唄い難くなる)、ギャレットの伸びやかな演奏がその不安を払拭している。
シューマンの伴奏譜は23番までで、24番はVnのみの録音になっている。ハイフェッツの演奏では24番にもピアノ伴奏が付いていたが、これはハイフェッツの先生であるレオポルド・アウアー(Leopold Auer)による編曲になる。
24のカプリースにピアノ伴奏を付加した作曲家には、シューマン、アウアーの他にフリッツ・クライスラー、カロル・シマノフスキがいる。



追記:2007/7/16) ハイフェッツの演奏する24番は、レオポルド・アウアー(Leopold Auer)の編曲ではないかとのご指摘を頂いた。よって記事の修正・加筆を行った。


■David Garett 公式HP
■Paganini/Schumann 24 Caprices, Op.1(POCG-10044)  GRAMMOPHON/ポリグラム
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2006年10月18日

『ゴールドベルク変奏曲』 弦楽三重奏版

「去年、素晴らしい音楽体験をしたんですよ。バッハのゴルトベルク変奏曲を、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽三重奏用に編曲したんです。−中略−これまでの音楽生活のなかで、一番作曲家に近いところに居たんじゃないかな。」
   −ドミトリ・シトコヴェツキー 『ゴルトベルク変奏曲BWV988(弦楽三重奏版)』オルフェオ ポリグラムIMSのライナーノートより

Sitkovetsky.jpg
その曲の存在を知ったのは、もう10年以上も前のことになる。
生来虚弱であった私は、その日も風邪を拗らしラジオの横でベッドの中にいた。
”…次の曲はゴールドベルク変奏曲…”
「グールドのだろう。知ってるさ。」
そう独りごちてそっぽを向こうとした時流れてきたのは、3挺の弦楽器の妙なる調和であった! グールドばかりがゴールドベルクだと信じていた私にとって、それは新鮮な体験だった。 曲が終わるや否や新聞の隅に奏者の名前を書きとめ、翌日レコード店に向かったのを覚えている。

さて前置きが長くなった。16日『ゴールドベルク変奏曲(弦楽三重奏版)』シトコヴェツキー編曲を聴きに行く。(東京オペラシティ) Vn.ジュリアン・ラクリン Va.マキシム・リザノフ Vc.ミッシャ・マイスキー。
このラクリン、リザノフ両氏とも失礼ながらよく存じ上げなかったのだが、恐るべき楽才の持ち主で、今回全曲リピート有りということもあってか、凄まじいまでのテンポで弾きこなしていた。1984録音のオルフェオ版(写真)を聴きなれた私には驚きだった。(オルフェオ版はシトコヴェツキー自身がガダニーニでVnを担当しているが、リピートは無くテンポもややゆっくりめ。)
マイスキーについてはベテランであるし、特筆することもない。 第19変奏ピチカート部では右足でリズムをとり、楽しんでいる余裕さえ見受けられた。
最後のアリアで照明を落とす演出は、行き過ぎの感もあったがそれはそれで良いのかも知れない。

この編曲には賛否有るかも知れないが、その面白さはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、3つの楽器の掛合いにあるのではないだろうか。2声の曲が見事にアレンジされているのは、シトコヴェツキーの手腕の冴えであろう。
来日記念盤として新録音が発売されていた。Vaはリザノフではなく今井信子さんだが、バッハ奏者として定評のある今井さんならそれも納得である。
私は迷わずCDを購入し、ホクホク顔のうちに帰路についた。


■『ゴールドベルク変奏曲』弦楽三重奏版  チケットクラシック
■『ゴールドベルク変奏曲』弦楽三重奏版 1984年録音 オルフェオ
■『ゴールドベルク変奏曲』弦楽三重奏版 2006年録音 ユニバーサル・ミュージック
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2006年10月03日

『トスカ』−2006年ローマ歌劇場日本公演

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1日、かねてより楽しみであった歌劇『トスカ』−ローマ歌劇場日本公演を観に行く。(NHKホールにて。)
歌姫トスカを演じたのは、イタリア最高のソプラノ歌手として名高いダニエラ・デッシー。
2004年9月に『蝶々夫人』(プレッシャ版)を観て以来、彼女の歌声にぞっこん参っていたのだが、今回もその期待を裏切ることは無く、敬虔深く情熱的なトスカを好演していた。
有名なアリア『歌に生き、恋に生き』はとても切ない。(小糸製作所のCMでお馴染みのアノ曲である。)

オペラ『トスカ』は元々、世紀末パリの大女優サラ・ベルナールの為に、劇作家ヴィクトリアン・サルドゥーによって書かれた5幕の戯曲『ラ・トスカ』であることは、オペラファンならずとも知る人は多いだろう。(写真はミュシャによるサラの『ラ・トスカ』のポスター。) 初演は1887年12月。アンドレ・アントワーヌの自由劇場にて。 どのような経緯でプッチーニ作曲のオペラとなったかは、他サイトに詳しいので省略。

折からの大粒の雨は、小雨に変わって帰るのに難儀せずに済んだ。
しかしまァ、そんな事は本題とは関係が無い。


■ローマ国立歌劇場 公式HP
■ZAK Corporation 『トスカ』2006年ローマ歌劇場日本公演
■読売新聞 イベント紹介 『蝶々夫人』(プレッシャ版)2004年ローマ歌劇場日本公演
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2006年08月30日

『ホルベルク組曲』Op.40

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『ニコラス・クリミウスの地下世界への旅』については、先にも述べた。 過去記事
その作者ルドヴィグ・ホルベルクを敬愛していたグリーグが、ホルベルクの生誕200記念の為に『ホルベルク組曲』という作品を書いている。

弦楽オーケストラとして演奏されることが一般的だが、もともとピアノ曲で作曲されている。ピアノによる演奏はむしろ稀で、CD化されているのは私の知る限りペーテル・ヤブロンスキー(写真)と仲道郁代さんくらいだろうか。

5曲からなるこの組曲は、ホルベルクの生きた時代(17〜18世紀)のバロックを模したスタイルによっている。澁澤曰く『典雅な曲』。
ヤブロンスキーの疾走感と透明感に溢れる演奏が、個人的に好みだ。


追記:2006/12/16) ルドヴィグ・ホルベルクの影響を受けた作曲家はグリーグだけではない。
カール・ニールセンの全3幕のオペラ『仮面舞踏会』のほか、ブラームス『大学祝典序曲』Op.80の第3主題「新入生の歌(狐狩りの歌)」は、ホルベルクの喜劇『山のイェッペ叉は変身した百姓(丘の上のイエッペ)』を翻案としている。『山のイェッペ〜』は、『デンマーク文学作品集』:東海大学出版会に収録されている。日本で読むことの出来る、数少ないホルベルク作品の1つ。

■『グリーグ・リサイタル』 ヤブロンスキー LONDON(POCL-1744) に収録
■ピティナ・ピアノホームページ 西畑久美子さんの演奏で全曲聴くことができる。
■『仮面舞踏会』 ヤルヴィ&エーテボリ交響楽団 ユニバーサル(B00005FJ22)
■『交響曲第1番・大学祝典序曲』 バーンスタイン&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ユニバーサル(UCCG4088)
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2006年08月29日

『ゴールドベルク変奏曲』 DVD

『ゴルトベルク変奏曲』。この神秘家たちが仲間言葉でいう「超本質的」音楽を聴いたあと、私たちは眼を閉じ、曲が私たちの中に引き起した反響の波に身をゆだねる。もはや何者も存在していない。ある種の内容なき充溢以外は。そしてこの充溢こそが、「至高のもの」に肉薄するただひとつの手だてなのだ。  −シオラン

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長らく廃盤となっていた、グールドの『ゴールドベルク変奏曲』のDVD(1981収録)が発売されたので早速購入。ブラジル版だがリージョンALLで日本のプレイヤーでも再生可だ。

収録翌年にグールドは他界。晩年の気迫に満ちた演奏を聴くことができる。 グールドのゴールドベルク初録音(1955年)から半世紀。グールドを偲ぶ。


追記:今年3月、マルティン・シュタットフェルトが初来日。ゴールドベルクを演奏して話題になった。また10月にはシトコヴェツキー編曲弦楽三重奏版も東京オペラシティで開催される。 こちらも見逃せない。
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