2008年07月06日

毛替と漁書の日

ヴァイオリンの弓も随分と痩せてしまったので、渋谷の楽器店に毛替えに出していたのだが、出来上がりの期日もとうに過ぎていたから、引き取りに行くことにした。(弦楽器の弓というのは、馬の尻尾を束ねて出来ており、消耗品なので定期的に交換する必要がある。)

「ほ、ほう。」
受け取って、少し弓を張ってみると弓のよじれまで修繕してあったので、職人とは大したものだと感心して楽器店をあとにする。

時間も財布も余裕があったので、いつもの古書店に立寄りいくつか物色。購入したのは、

●『寸秒夢』 著:瀧口修造
●『世紀末英文學史』 上・下巻 著:矢野峰人
●『ことばの森の狩人』 著:エルザ・トリオレ 訳:田村叔
●『アンリ・ミショオ詩集』 訳:小海永二
の計5冊。

此処の古書店では、お茶を飲みながら買った本を読むことが出来る。丁度喉も渇いていたから私はアイスコーヒーを頼んで、ミショオをぱらぱらと捲った。
しかし疲れていたのかあまり頭に入らず、飲んでるそばから客が映画の古いパンフレットをバサバサと重ねるので、埃が舞って辟易してしまった。

各巻の詳細については後日、更新しようと思う。


■『戦後フランス詩集』 −ルイ・アラゴン散文2篇 (幣ブログ内関連記事)
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2008年03月10日

『戦後フランス詩集』 −ルイ・アラゴン散文2篇

アラゴンにとつてエルザは、地獄の中を導くベアトリーチェである。エルザは単に彼の詩の源泉であるのみならず、生命そのものの唯一の支柱であった。
−矢内原伊作『抵抗詩人アラゴン』

『戦後フランス詩集』

仏文学と独文学を愛した叔父の蔵書から『戦後フランス詩集』(思潮社)を偶々見つけて、ルイ・アラゴンの詩が収められていたので、通勤の傍ら読んでみることにした。

収録作は次の2篇である。『盲目的な青春のポン・ヌフ』、『幸福とエルザについての散文』。
エルザ・トリオレは、アラゴンの作品に決定的な影響を与えた彼の伴侶であることは、既に御承知の通りである。後者の散文は、エルザを称えることによって、自分の全生涯と人間の最高の完成を歌っている。

先のエントリーにも挙げたG・ダヌンツィオにしてもそうであるが、非常に政治色の濃い詩人でもある(両者の思想は対称的ではあるが)。アラゴンを語る上で避けて通ることの出来ないテーマだが、本稿の趣旨とは異なるし、私はキナ臭いのは好まないので、ここでは割愛する。


■『戦後フランス詩集』 訳編:高村智 思潮社
■ルイ・アラゴン −Wikipedia
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2008年03月02日

『玉虫厨子』と『玉虫物語』

玉虫の厨子は、厨子というよりも宮殿のミニアチュールのようである。厨子といえば、一般には仏像や経巻をしまっておくための箱を意味するだろうが、これはむしろ須弥座と台座から成る二重の基壇の上に建てられた、小さな一つの宮殿そのものなのだ。
−澁澤龍彦『箱の中の虫について』

ドラコニア綺譚集 新編ビブリオテカ澁澤龍彦

昨日、法隆寺に奉納された玉虫厨子(たまむしのずし)の複製のニュースを聞いて、澁澤龍彦のエッセイに彼の級友が「玉虫の厨子を復原しようと躍起になっていた」…などという内容のものがあったのをふと思い出した。

澁澤氏はこのエッセイの中で玉虫と箱の関係を一寸ノスタルジックな話を交えて語っているが、マッチ箱に入っていたきらきら輝く玉虫の両羽は、澁澤少年を非常に魅了したようだ。 玉虫への愛着は構想半ばにしてついに書かれることのなかった小説『玉虫物語』へと、いずれは引き継がれたのだろうか。
氏の遺された創作ノートに見ることの出来るメモは、「天草四郎」、「曽丹のこと」、「藤原千方(ちかた)」、そして「長い長い洞窟を通り抜ける話。その途中でありとあらゆる奇事出来。」などとある。

澁澤氏が泉下の人となった今、それを読むことを出来ないのは、返す返すも残念だ。


■「玉虫厨子」複製、法隆寺に奉納 YOMIURI ONLINE
■『ドラコニア綺譚集』 著:澁澤龍彦 河出文庫
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2008年01月05日

サロメの愛読書

先般のエントリーで採り上げた『院曲撒羅米』だが、此には検閲で未採用のものも含めてビアズリーの挿画が全て収められている。
この内、『撒羅米の粉黛(未採用)』と『撒羅米の粉黛』の画中には、時代錯誤もままよとばかりにキャビネットに幾つかの本が鎮座している。今回は、其れらの書籍を列挙してみたい。 尤も、サロメの時代(古代パレスチナ)には、書物などあっても石版が精々だろうから、此をもってしてサロメの愛読書とするのはナンセンスだろうネ。

『撒羅米の粉黛』(未使用)  拡大図(一部)
『撒羅米の粉黛(未採用)』より右から
●エミール・ゾラ『大地』 ZOLA『La Terre』
2冊挟んで
●シャルル・ボードレール『悪の華』 (著者名無し)『Les Fleurs du Mal』

『撒羅米の粉黛』  拡大図(一部)
『撒羅米の粉黛』より左から
●エミール・ゾラ『ナナ』 ZOLA『NANA』
●ポール・ヴェルレエヌ『月の光(艶なる宴より)』  (著者名なし)『Les fetes galantes』
●マルキ・ド・サド『著書不明』
●アベ・プレヴォ『マノン・レスコー』  (著者名なし)『MANON LESCAUT』
●ルキウス・アプレイウス『黄金の驢馬』 (著者名なし)『THE GOLDEN ASS』

いずれも劣らぬ当時を代表するデカダン書である。ゾラの著書が2冊もあって面白い。おかっぱ頭の青年画家が愛読したのだろうか。
ビアズリーの画集は多く手元にあるのだが、どれも印刷状態か芳しくなく、唯一読み取れたのが皮肉にも東出版版『院曲撒羅米』だったという訳である。

上記書籍の件(くだん)は、『サロメ図像学』(井村君江著 あんず堂)にも既に記述されているのだが、書かれていないものもあったので補間の意味を含め今回の記事とした。


■『院曲撒羅米』 新版  (弊ブログ内過去記事)
■『サロメ図像学』 著:井村君江 あんず堂
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2008年01月03日

『院曲撒羅米』 新版

『院曲撒羅米』が再版されていた。
少し調べるとなんということだ!もう3年も前ではないか。誉も高い沖積舎からの再販という事で私は慌てて取寄せて、既に絶版となっていた東出版の普及版『院曲撒羅米』と比較してみた。

沖積舎東出版

改めて解説の必要も無いのだが、御存じ無い方の為に『院曲撒羅米』がナニかと云うことを説明する為、東出版の普及版巻頭にある日夏自身の覚書、『院曲撒羅米小引』より引用してみたい。
院曲撒羅米小引

一、曲中人物ノ宛字ハ漢譯聖書上海美華書館同治四年本中ノ文字ヲ多ク採リ用ヒタリ。美姫撒羅米ノ東方趣味に準ヘムガタメノミ。
一、コノ譯書ヲモテ院曲撒羅米ノワガ定本タラシム。コレ譯詩大鴉ト共ニ拙譯詩曲類中何トハナクタダ最モ自ラ愛玩暗喜スルモノ也。
一、TEXTはSALOME,A Tragedy in one act by Oscar Wilde,Drawings by Aubrey Beardsley, Jone W.Luce & Company,Boston,1907. ニ據リヌ。

詰まる処、『院曲撒羅米』とは日夏耿之介訳に依る新訳『サロメ』である。『院曲撒羅米』は昭和3年『近代劇全集』の一篇として初めて発表されたが、80年を経た今も尚鮮烈で凶々しい。昭和13年に蘭台山房より限定150部の豪華版として刊行され、昭和50年に東出版から限定300部の豪華版として刊行されている。私の手元にあるのはその2年後に同社より出版された普及版である。

尚、引用文中にある上海美華書館とは、基督教布教の為に19世紀に中国に設立された出版機構で、現在敷衍している明朝体も此処から産れている。

版型は少し小さくなり、東出版版に有った巻末あとがきは省かれてしまったが、余白を大きくとった贅沢な製本と云える。普及版の表紙カバーはヨカナーンの首から流れる血のような緋色だったが、沖積舎版の表紙も受継いだように真っ赤である。
但し今回の沖積舎版は新漢字であった。旧漢字を使用した方が日夏の意向に沿ったものではなかったか。其の意味に於いては完全な復刊ではないと私は思うのだが。


■『院曲サロメ(撒羅米)』  訳:日夏耿之介 沖積舎
■ 美華書館 −Wikipedia
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2007年07月31日

ドイルとワイルド

Alfred Douglas

私が初めて触れた文学がオスカー・ワイルドだと言ったら、嘲笑の声さえ聞こえてきそうだ。尤も、タネを明かせばこれは幼少の頃に読んだ『幸福の王子』であって、ワイルド作と知ったのはもっと後のことだから、これを以ってして文学と云うのは無理があるかもしれない。しかし、朽ちてゆく王子の像と群れに逸れた燕の話は100年の時を経ても美しい。

では、初めて読んだ文学とは何であったか。それは小学生の頃に一気呵成に読み上げたドイルの『バスカヴィル家の犬』である。シャーロック・ホームズなど子供の読み物、と思われるかもしれないが、さにあらず。19世紀末のイギリス風俗を知る上で、これ以上の資料は無いような気がしてならない。

沙翁俳優、故ジェレミー・ブレットが演じたことで話題になった、英グラナダTVの『シャーロック・ホームズの冒険』を観た方も多いと思う。映画『オスカー・ワイルド』のアルフレッド・ダグラス卿役、ジュード・ロウは無名時代にこのグラナダ版『ホームズの冒険』(ショスコム荘)に出演している。台詞の一切無い女装する馬丁の役だが、その気品に満ちた立ち居振る舞いは既に完成されているように感じた。

※写真は物憂げな表情のアルフレッド・ダグラス卿(ボジー)。27歳頃。中々の美青年である。
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2007年07月30日

戯曲『犬神』 −寺山修司とその系譜

「…むしろ文学などとはまったくべつの、日常的現実原則と虚構の現実のクレヴァスを埋め合わせ、そこに新しい出会いを生成するために、演劇という様式を必要としたのです。何よりもまず、演劇の<<文学ばなれ>>が必要です。そのためには演劇の内側から戯曲を追放しなければならないでしょう。」
−寺山修司『迷路と死海−わが演劇』

syuji_terayama.jpg

最近、寺山修司の戯曲『犬神』を楽しく読んだ。何故今更になって寺山かと云えば、それは過日友人と行ったカラオケの件(くだん)に端を発する。

「次は犬神サーカス団を唄いまーす♪」
「犬神?まるで天井桟敷だね。何だい、それは。」
「ロックバンドですよ。全員顔は白塗りで、ヴォーカルの女性は着流しで…コレです!」
友人が指指すブラウン管に流れてきたのは、彼らのプロモーション・ヴィデオだった。それを見て私はあっ、と叫んでしまった。
「こいつァ、まるきり寺山修司じゃあないか!」
「テラヤマ、シュージ…?」

戯曲『犬神』は寺山の最も初期の作品で、犬憑きとして生を受けた主人公が、結婚式翌朝には謎の失踪を遂げ、と同時にその許嫁が犬に喰い破られた跡を咽喉に残して死体で発見さる、という怪奇的な忌むべき一幕劇である。
寺山修司は自らの職業は寺山修司であるという程のマルチな人であったから、ここでは『犬神』を紹介するに留めておく。

先の『犬神サーカス団』の公式HPを見ると、寺山の一七回忌に『犬神』を公演しているではないか。 私は友人に彼らのアルバムを借りて聴いてみたが、これが中々どうして面白い。『瓶詰の胎児』という曲のタイトルは、小栗虫太郎や夢野久作を連想させ、Vocalの犬神凶子嬢の絶え間無い笑い声は、『眠狂四郎』シリーズ(無論雷蔵のだ)の狂女の一シーンをも彷彿とさせる。 こうした若い人たちによってテラヤマワールドを再認識させられるのは素直に嬉しい。『犬神サーカス団』は寺山の言葉を借りれば「演劇の内側から戯曲を追放」した現代音楽の一形態かも知れない。


■寺山修司マガジン
■犬神サーカス団 公式HP
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2007年06月24日

『太陰の娘 サロメ』 −発禁となったサロメ本

皆のものよ 妾(わたし)と一緒に五列樹の蔭においで
     美しい王の道化役よ お泣きでない
お前の鈴のついた笏を置いてこの首をとれ さうして踊れ
母よ ふれ給ふな 彼の前額(ひたひ)はもう冷たいのです
−ギィヨオム・アポリネエル『サロメ』 訳:堀口大學

『太陰の娘 サロメ』表紙
サロメ。もともと聖書にも名も無きこのソドムの小娘は、いったいどれ程の作家、芸術家達を魅了してきたのだろう。ビアズリー、ワイルドはもとより、ユイスマンス、アーサー・シモンズ、イェイツ、国内に於いては森鴎外、芥川、三島まで数え挙げればキリが無い。

私の手元に一冊の本がある。『太陰(イシュタール)の娘 サロメ』 著:デュム・ド・アポロ 譯:帆神熙 風俗文献社刊 (昭和27年3月発行) 章ごとにドロップキャップを用い、蔵書票(EXLIBRIS)まであしらった限定2000部のなかなかの豪華本だ。シリアルは87番。

デュム・ド・アポロという名前にはとんと聞き覚えがないが、訳者のはしがきによれば、作品の色彩や、香気や形態から総合してアポリネールの変名ではないかという説があるそうである。
作品としては、有名なワイルドの一幕劇に大きく肉付けをしたものとして仕上がっているが、ワイルドの『サロメ』に比べとても人間臭い物語となっている。 アポリネールの真作か否かは私には判断がつかないが、そのフローラな装飾はアポリネールのスタイルを彷彿とさせなくもない。

さてこの『太陰の娘 サロメ』だが、そのエロティックな描写からだろう、同年6月に摘発を受けている。 私はこの件について何か情報はないか当時の朝日新聞をつぶさに目を通したが、大した手懸りを得ることは出来なかった。 むしろ、この翌月に控えた『チャタレイ事件』の控訴審第一回公判の方に、マスコミの目は傾いていたようだ。 いずれにせよ、どちらもGHQの圧力が少なからず働いていたことは間違いない。 

無削除版、復刊、復権での出版が相次いでいる昨今、この誤字脱字の多い『太陰の娘』も改定版(或いは新訳)での復刊を願うのは私だけではないかもしれない。最後にオスカー・ワイルドの有名な言葉を、『ドリアン・グレイの画像』の序文より引用しておく。

道徳的な本とか不道徳的な本とかいうようなものは存在しない。本は巧みに書かれているか、巧みに書かれていないかだ。それだけのことである。
−オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの画像』



■ギヨーム・アポリネール 公式サイト
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2007年06月11日

『アーネスト・ダウスン作品集』 −失恋者の聖書

ダウスンは、私の知れるかぎり、詩よりも散文に多く気を遣った唯一の詩人である。   −アーサー・シモンズ

ディレンマ
もっぱら古書店を廻ることのほうが多い私が、久しく大手の書店に行き、『アーネスト・ダウスン作品集』が岩波の新刊として並んでいたのを見つけたのはつい先日のことだ。

アーネスト・クリストファー・ダウスンは19世紀イギリスの憂愁の詩人であり、もはや忘れ去られたデカダン作家でもある。 古書店でも高値がつき、市場に出回ることもあまり無いので、私がこれを矢も楯も堪らず購入したことは言うまでもあるまい。

ダウスンの作品の大部分は有名な『シナラ』をはじめとする恋愛詩であり、その他生への倦怠、現実からの逃避を歌ったものが殆どである。矢野峰人はこれをして「失恋者の聖書」といっている。 今回の岩波版『ダウスン作品集』には、小説も幾つか併録されているが、ここに『ディレムマ ―感情の物語と研究―』全篇が載らなかったのは少々惜しい。(写真は白帝出版『ディレンマ』) ともあれ、この夭折の詩人のアンソロジーがビアズリーのカット入りで出版されたのは、大変喜ばしい。南條竹則氏の功績を讃えたい。

ジョージ・ヘイによる『魔道書ネクロノミコン』が完全版となって復刊した。大変な売行きだと聞く。 H・P・ラヴクラフトの友人であり、クトゥルフ神話作家でもあるロバート・E・ハワードが1936年の今日、拳銃自殺をしている。 その際、遺書代わりに残したのがダウスンの二行詩だと言われてきたが、ヴィオラ・カーヴィンからの引用であることが判ったのは記憶に新しい。


■『アーネスト・ダウスン作品集』 訳:南條竹則 岩波文庫
■Ernest Dowson −Wikipedia
■『魔道書ネクロノミコン 完全版』 編纂:ジョージ・ヘイ 訳:大瀧啓裕 学習研究社
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2007年02月14日

聖ヴァランタンの祭日

聖ヴァランタンの祭日だ。
今朝 打開けねばならないが、
どうやら わたしに出來兼ねる…
始末に終へない一件だ、
聖ヴァランタンの祭日は。
  −ポオル・ヴェルレエヌ『哀れな若い羊飼』 譯:鈴木信太郎

Verlaine
今日は聖ヴァランタンの祭日、即ち聖バレンタインデーである。
ランボーとのソドミアの仲も破局を迎える頃、ヴェルレーヌもこんなロマンティックな詩歌を書いていたのだ。

鈴木信太郎の訳注に拠れば、「英國に於いては、この日を青年男女の祭の日とする。青年はこの日に自分のヴァランチーヌとなる乙女を選び、一年間そのヴァランタンとして、騎士の如くに仕える」のだそうだ。 成程、紳士の国イギリスらしい習慣だが、向こう一年間とは英国紳士も難儀なことだ。
日本は幸福な国である。女性からチョコレイトを貰い、男性は翌月にその見返りを渡せばそれで済んでしまうのだから。


■『ヴェルレエヌ詩集』 訳:鈴木信太郎・上田敏 岩波文庫
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2007年01月24日

『ビリティスの歌』 −ドビュッシーとピエール・ルイス

ウィリー・ポガニーによる『ビリティスの歌』挿画。チャールズ・リケッツを彷彿とさせる。
クロード・アシル・ドビュッシーは19世紀末巴里の人である。彼ほど同世代の画家、作家、詩人と絡まる蔦のように交流を持ち、また互いに影響しあった作曲家は一寸他に見当たらない。

なかでも詩人ピエール・ルイスとは、19世紀の陽も暮れ掛ける頃、足掛け10年にも亘り特に親しかった友人として知られている。
ピエール・ルイスの名は日本ではどうも馴染が薄いようであるが、まァそれも是非も無いことだ。そもそもの訳書が少なく、既に絶版となっているものが殆どであるからだ。
主なもので、ヴィヨンの項でも少し触れた(過去記事)鈴木信太郎訳の『ビリチスの歌』をはじめ、古代風俗と銘打たれた沓掛良彦訳『アフロディテ』*1.、古書マニア必携の奢覇都館ピエール・ルイス作品集*2.は生田耕作訳で『女と人形』・『紅殻絵』、他に津久戸俊訳の『母娘特訓』などがある。

エロスの司祭ルイスの小説は、サドやザッヘル・マゾッホと肩を並べる背徳の書である。お読みになる方は、心されたし! このような本に特別な説明は野暮というものだ。秘小説はコッソリと愉しむのがよろしい。

ルイスの話題ばかりになってしまったので、ドビュッシーについても少し触れておこう。
とは申せ、この印象派のマエストロについて今更特記すべきこともない。 前述ルイスの代表的散文詩『ビリティスの歌』に音楽を付け、歌曲集として出版していることのみ加えておこう。(1897年)
潔癖なドビュッシーと、ルイスとの間でエロスの観念の相違があった為、二人の関係は徐々に険悪になりやがて友情は破綻を迎えるが、ドビュッシーの不規則な律動がこの架空のギリシア女流詩人のエロティックな作品に似つかわしくないくらいの透明感を与えている。

Chansons de Bilitis
GRAMMOPHON/ポリドールからの盤(POCG-1056)では、映画『昼顔』で有名なカトリーヌ・ドヌーヴが詩の朗読をしている。之程相応しいキャスティングもまずあるまい。


*1.平凡社ライブラリーの『アフロディテ』は、昭和43年に浪速書房からバイロス侯爵の挿画併録で『アフロディットとアフロディット画集』としての先訳がある。 随分な抄訳ではあるものの、エロスの2大巨匠のコラボレイションとして面白い。

*2.奢覇都館のピエール・ルイス作品集は、1・3・5巻のみ。惜しむらくも生田氏が泉下の人となったために全集の企画は頓挫、間引いたような形の版になっている。ちなみに1巻は『ビリチスの唄』。
 (奢覇都館の"覇"は本来サンズイが付くが、機種依存文字の為あえて"覇"と明記した。)


■『ビリチスの歌』 著:ピエエル・ルイス 訳:鈴木信太郎 講談社文芸文庫
■『アフロディテ−古代風俗』 著:ピエール・ルイス 訳:沓掛良彦 平凡社ライブラリー
■『女と人形』 著:ピエール・ルイス 訳:生田耕作 奢覇都館
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2006年12月27日

しかしまあ、そんなことはどうでもいい

「しかしまあ、そんなことはどうでもいい」とは、仏文学者澁澤龍彦が好んで用いた紋切型の一つで、シブサワファンなら一度ならず目にしたことはあるだろう。
この独特の言い回しは、氏のオリジナルだとばかり思っていたのだが、実は作家花田清輝からの借用であることを最近知った。

澁澤は著書『城と牢獄』の中で花田清輝のほか、堀口大學からも影響をうけたことを認めており、堀口特有の言い回しとして「よろしかろう」、「それかあらぬか」、「ともすると」、「すんでのことで」、「いっかな」、「さるにても」などを挙げている。 そしてその後に続く一文に私ははた、と膝を打ったものだ。
少し引用させていただく。
こういう文句は、ところを得て用いないと、どうにも野暮くさくて、いただけないことが多いのである。未熟者が迂闊に用いると、とんでもないことになる。それをぴたりときめるのは、一にかかって、用いるひとの腕である。   −澁澤龍彦『城と牢獄』

成程、我が意を得たり、である。
澁澤の訳文は、他人の言い回しさえ見事に着こなして、軽妙にエレガントにキメているように思うのだ。
最近では、このようなレトリックで、しかしなかなか瀟洒な慣用表現を遣う作家は、とんと少なくなったような気がしてならない。

こんな記事を書いていたら、G.ガーシュウィンの歌劇『ポーギーとベス』に、『そんなことはどうでもいいさ』というヒット・ナンバーがあったのを思い出した。ハイフェッツの編曲が美しい、聖書を侮蔑する悪の賛美歌だ。
しかしまあ、そんなことはどうでもいい。
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2006年12月16日

『穏健なる私案』 −スウィフトとサドのアナロジー

 サドおよびゴヤ以後、そして彼ら以来、非理性は、どんな営みのなかにもある決定的なもの、近代世界にとって決定的なものに、すなわち、どんな営みのなかにも含まれている殺人的で拘束的なものに属している。
 タッソーの狂気、スイフトの憂鬱、ルソーの妄想は、これらの作品そのものが彼らに属していたのと同様に、彼らの創作活動に属していた。
   −ミシェル・フーコー 『狂気の歴史』

A_Modest_Proposal.jpg
長いこと絶版だった、スウィフト『奴碑訓』:岩波文庫が復刊となっていたので購入した。
御目当ては、巻末併録の『貧家の子女がその兩親並びに祖國にとっての重荷となることを防止し、且社會に對して有用ならしめんとする方法についての私案』、俗に『穏健なる私案』(A Modest Proposal)と呼ばれるものである。

これは18世紀初頭のアイルランドの窮乏悲惨を見るに見かねたスウィフトが、筆をもって一矢報いた諷刺文書で、作品の骨子は、

「貧民に子供を産ませ、それを食物として売ることを推奨する。皮は手袋や靴にすればいい。それによって得る国益はいくらいくらだ。」

というグロテスクな一案だ。『穏健』が聞いて呆れる。
カニバリズム文学で真先に思付いたのが、サドの『食人国旅行記』(これは澁澤の改題。正式には『アリーヌとヴァルクールあるいは哲学小説』第2巻)だが、アナロジーと仰々しく銘打った割には大した類似性も見出せず、浅学非才をお詫びする次第である。
そもそもカニバリズムの解釈は大きく以下の3つに分類され、

1.人間の攻撃性が制度化されたものとする心理学的解釈。
2.蛋白源摂取の主要な手段としての解釈。
3.カニバリズムの多様性を認識した上で、背後の世界観や死生観を探る象徴人類学的解釈。

この内スウィフトは2.、サドは1.ないし3.であって双方の視点が最初から異なるので、類似性を見出す方が困難なのかもしれぬ。
『食人国旅行記』のあとがきに澁澤は、「あたかもスウィフトの筆致を思わせるような…(中略)…サドの作品中にあって類を見ない不思議な明るさ」と書いているが、これは『ガリヴァー旅行記』を指しているのだろう。
『穏健なる私案』には御伽噺のような明るさはなく、冷徹に算盤勘定をする生真面目なスウィフトがいるだけだ。

しかし両者ともその思想的根源は、フーコーの指摘したように『非理性』による逆説的ユートピアにある。
ゴヤ『我が子を食うサトゥルヌス』.jpg
かつて私が小学生のときに、武田泰淳の『ひかりごけ』を読んだ担任教師が、
「ヒトの肉って、少し酸っぱい味がするそうヨ。」
と言っていたが、私はこれを確かめてみる気にはなれない。
友人から「人を喰った物言いをするヤツだ。」とよく言われるので、もう満腹なのだ。


■『奴碑訓』 著:スウィフト 訳:深町弘三 岩波文庫
■『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』 - Wikipedia
■『アイルランドにおける貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案』 青空文庫
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2006年11月26日

『燻製にしん』 −シャルル・クロスとその周辺

かの女は森の花ざかりに死んでいつた、
かの女は余所にもつと青い森があると知つてゐた。
  −ギイ・シャルル・クロス『小唄』 譯:堀口大學

Charles Cros.jpg
私は人との会話は苦手な方ではないのだが、突然に回答や同意を求められたりすると即答が出来ずに、「そ、そ、そ、そうですね。」
などと語頭を重ねて御茶を濁したりする。
その奇妙な口癖を知ってか知らずか友人も、「そ、そ、そ、そうなのネ。」と鸚鵡返しにからかうのだ。まァ、別に腹を立てる程のことでもないのだが、ど、ど、どうにも、よ、よ、弱ったものである。

最近私は、やや必要あって19世紀末のパリの風俗を調べるうちに、その関心はフレンチ・カンカンや娼婦、『黒猫』(シャ・ノワール)にたむろしていた芸術家達にまで及び、ついにはシャルル・クロスの『燻製にしん』というナンセンス詩を再確認するに至って、「そういや、こんな詩もあったナ…ふふふ。」と、妙な親近感を覚えたものだ。 以下に澁澤龍彦氏の流麗な訳文で一部引用する。
むき、むき、むき出しの大きな白い壁だった
高、高、高い梯子が壁にかかってた
こち、こち、こちの、燻製にしんが地面にころがってた

きた、きた、きたない手をしたやつが
とん、とん、とんがった大きな釘と、重い金槌と
まん、まん、まるい糸毬もってやって来た
 −シャルル・クロス『燻製にしん』 著:澁澤龍彦『悪魔のいる文学史』より

きり、きり、きりが無いので全文は『悪魔のいる文学史』か、アンドレ・ブルトン:著『黒いユーモア選集』 国文社を参照して頂きたい。

発明家とてしも知られるシャルル・クロスの作品は、20世紀初頭にブルトンに発見されるまで、同時代の芸術家にはあまり評価はされず、不遇の生涯であったと言える。(蓄音機の発明も、すんでのところでエジソンに勝利を奪われた。)
それでも、ユイスマンスの『さかしま』の中にクロスの短篇『恋愛の科学』の記述を認めたり、1893年発刊の版画集『レスタンプ・オリジナル』第2号マルティ版に収録された、ジョルジュ・オリオールの最初のリトグラフに『白檀の小箱』の冒頭2節が書き込まれているのを見れば、クロスにとっても多少の慰めではなかったか。(尤も後者の方は同時代とはいえ、クロスの没後ではあったが。)

折りしも昨日は憂国忌であったが、かつて16才の少年だった三島由紀夫は堀口大學の『月下の一群』を読み、クロスの『小唄』の一文を冠した『花ざかりの森』を処女短編集として七丈書院より出版したのだった。


■『悪魔のいる文学史−神秘家と狂詩人』 著:澁澤龍彦 中公文庫
■『月下の一群』 編訳:堀口大學 講談社文芸文庫
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2006年10月26日

松井須磨子 −サロメを初めて演じた日本人

その後、幾多の女優が、サロメに扮したが、その強い烈い肉の力の表現に於て、一とて須磨子に及ぶものは無かつたのに見ても、我國に於けるサロメ劇の第一人者としての彼女の功績は演劇史上に永へに記録されなければならぬ。   −中村吉蔵 『芸術座の記録』

Sumako_Matui.jpg
かつて銀行員であった私の母方の祖父はなかなか粋な人で、休日ともなればカンカン帽を被り、浅草へ出掛けては活動写真や松井須磨子の演劇を楽しんだと聞く。

この松井須磨子という人は、『カチューシャの唄』で大正初期の浅草を風靡した新劇の女優であり、初めて『サロメ』を演じた日本人女性でもある。(大正2年12月初演)
島村抱月を追って自殺した須磨子の短い生涯を覘いてみれば、その純粋なまでのややファムファタル的資質は(サラ・ベルナールほどエキセントリックでは無いにしろ)、サロメを演じるには相応しかったに違いない。

今年は松井須磨子の生誕120年にあたる。
当時、薄暗い劇場の中で行われたであろう一幕劇『サロメ』の客席に身を置いてみるのもまた一興ではないだろうか。


追記:2007/02/04) 夢野久作の一大奇書『ドグラ・マグラ』には、『カチューシャの唄』の出だしである「カチューシャ可愛や別れの辛さ」だけを書き綴ったノートが若林博士の患者の標本として登場する。当時の流行語となったこの歌詞が大正紳士の心を捕らえて離さなかったのが、窺い知れる。


■島村抱月と「芸術座」 早稲田と文学 早稲田大学文学部学術情報データベース
■「サロメ」の変容―翻訳・舞台 著:井村君江
■松井須磨子―牡丹刷毛 著:松井須磨子(自著)
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2006年10月09日

『髪盗人』に見る薔薇十字の秘法

この化物を呪縛するには、まず四大の呪文を使えばいい。

燃えろ、火の精ザラマンダー
うねれ、水の精ウンデーネ
消えろ、風の精ジェルフェ
勉めろ、土の精コーボルト
            −ゲーテ『ファウスト』

The Rape of the Lock.jpg
最近、私は18世紀英国の詩人アレグザンダー・ポープの滑稽詩『髪盗人』を大変楽しく読み、その詩中のベリンダのモデルであるアラベラ・ファーマー嬢宛の献辞の中に、興味深い一文を認めるに至った。
以下に岩崎泰男氏の訳で引用する。(邦題 『髪の掠奪』 同志社大学出版社)
ばら十字会員とは、あなたにも是非お知りおき願いたい人達のことです。 彼らについて存じよりの最良の説明は「ガバリ伯爵」というフランス本に載っておりますが、表題と体裁が小説と大そう似通っておりますので、多くのご婦人がたは小説だと思ってお読みになることがあります。 会員諸氏の話ですと、四大は精霊によって棲まわれ、それらを空精(シルフ)、土精(ノウム)、水精(ニンフ)、火精(サラマンダ)と呼ぶのだそうです。

文中の『ガバリ伯爵』とは、フランスの神父モンフォーコン・ド・ヴィラールが著した、秘密結社薔薇十字団の秘儀の暴露本とされる『ガバリス伯爵』(1670刊)のことである。(下写真) ヴィラール師は刊行の3年後にパリからリヨンに向かう街道筋で謎の刺殺を遂げる。
Le Comte de GABALIS.jpg
『髪盗人』は、1711年にハムプトン宮殿で起きた女性の頭髪を切断した青年貴族の事件を骨子としているが、そのエッセンスとして『ガバリス伯爵』にインスピレイションを得ているのは明らかである。
勿論そんな因縁を知らずとも、この滑稽詩の傑作を楽しむことはできる。 1896年にビアズリーが9点の挿画と装丁を施して、スミザーズ社より出版している。(最上下部写真) ビアズリー独特のエレガントなスタイルが、このロココ時代の作品に相応しい。 前述の岩崎泰男訳にはビアズリーの挿画は無いので、画集をお持ちの方は合わせてお読みになるといいだろう。
The Rape of the Lock_02.jpg


■アレキサンダー・ポープ −Wikipedia
■『髪盗人』 −Wikipedia
■『ガバリス伯爵 或いは隠秘学をめぐる對話』 著:モンフォーコン・ド・ヴィラール 訳:田中雅志 北宋社
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2006年09月29日

ウィリアム・ベックフォード −18世紀の引篭もり

「私を高名な友とか傑出した人間とか呼ぶのはよしてください。私は未だに揺り籠の中にいるのです。」
   −W・ベックフォード (ローゼンバーグ伯爵夫人宛の書簡)

w_beckford.jpg
『ベックフォード伝』(新版1957刊)の著者ギィ・チャップマンによれば、今日は、奇書『ヴァテック』を著したウィリアム・ベックフォードの誕生日だそうである。
今日は少しこの18世紀の奇才の文豪について触れてみたい。

ベックフォードの生涯については、澁澤龍彦や生田耕作が優れた小伝を書いているし、『ヴァテック』は矢野目源一訳や小川和夫訳が有名なので、ここではベックフォード17歳の時の未完の処女作『幻想』について記してみよう。
『幻想』(原題:The Vision)というのは、前述ギィ・チャップマンの仮題であり、表題はもともと無かった。20世紀初頭に公表されるまで、150年も筐底に眠っていたのだ。 『十七歳の幻想』(訳:柄本魁)として雪華社より邦訳が出ているが、すでに絶版で古書店でもあまり見掛けないので、あらすじだけ書いておく。

−華やかな会合に倦怠して抜出した青年ウィリアムは、アルプスの洞窟に身を投じ(当時ベックフォードはスイスに留学中だった)、聖者モアサスールとその弟子ヌーロニハールに導かれて、婆羅門の『シャスタア』の書による秘儀を受ける為に地中を放浪する…。

当時ダンテを愛読していた為か、『神曲』の影響が大きく見て取れる。 また、この頃からオリエントへの憧れは強かったと見えて、そこに『ヴァテック』の発端を見ることも出来。 17歳の若書きではあるが、その筆才は流石と言えよう。 モーツァルトの『フィガロの結婚』の「もう飛ぶまいぞ蝶々」は、彼が作曲したという大風呂敷も信じたくもなってしまう。

1807年ベックフォードは英領地内に屋敷フォントヒル・アベイを完成させ、厖大な蔵書や絵画などの美術品、東洋の調度を収め、やがては崩れ落ちるその『揺り籠』のなかで夢想の日々を送った。引篭もりの祖とでもいうべきか。

尚、聡明な方はお気付きかと思うが、幣ブログ名もベックフォードの屋敷に因んだものである。


■BECKFORDIANA The William Beckford Website ベックフォード研究サイト(英語)
■Fonthill Abbey, Beckford, follies and folly towers at follytowers.com (ベックフォードの屋敷をCGで再現)
■ウィリアム・トマス・ベックフォード 『Wikipedia』
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2006年09月28日

『ヴィヨン雑考』−ヴィヨンを愛する人々

わが亡き後に ながらふる 一切衆生よ、
頑なる心を われらに 抱くなかれ、
不憫なるものよと われらを憐れまば、
神は 直ちに 聖籠を汝らに垂れむ。
見よ ここに われら絞られて、五人、六人。
  −フランソワ・ヴィヨン『ヴィヨン墓碑銘』 譯:鈴木信太郎

villon.jpg
15世紀の犯罪詩人、フランソワ・ヴィヨンに関する研究書は少ない。尤も残存する資料が断片的なれば、さもありなんだが。
その中において鈴木信太郎の『ヴィヨン雑考』(昭和16年 創元社刊)は、国内初のヴィヨン研究書といえる。 その2年後に筑摩書房から出版となる『フランソア・ヴィヨン:生涯とその時代』ピエール・シャンピオン著 佐藤輝夫訳 と比較すると簡単な雑録集のようであるが、ヴィヨンを知る足掛りとしては十分な資料と言える。

『ヴィヨン雑考』の中で、鈴木信太郎は前述のピエール・シャンピオンの弟であるエドゥアル・シャンピオンから、villonをヴィヨンと発音することを知ったそうだ。(それまで鈴木氏はヴィロンと発音していた。)

フランソワ・ヴィヨンは本名フランソワ・ド・モンコルヴィエと言い、殺人、窃盗を繰返し、ついには絞首罪を宣告され有名な『ヴィヨン墓碑銘(絞首罪人の歌)』を創作する。その後減刑により絞首罪は免れるも追放になり、以後の消息は杳として知れなかったそうだ。(1432〜1464?) その優雅な抒情詩は19世紀の小ロマン派へと血脈が繋がり、全く近代の詩人とも言えるだろう。

もう1人重要なヴィヨン研究家を挙げておこう。『黄金仮面の王』『列車○八一号』の著で知られる、怪奇短篇小説家マルセル・シュオブである。
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2006年09月11日

『さかしま』−デ・ゼッサントの好んだ本

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澁澤龍彦の『マルジナリア』に、『アッシャーの好んだ本』という小エッセイがある。 ひそみに倣って、デカダンスの聖書『さかしま』からデ・ゼッサントの好んだ本を抜き出してみても面白いかもしれない。 全てあげてもキリがないので、現在比較的入手し易い物や、デ・ゼッサントのオリジナル得装本ともいえる装丁の面白い物を幾つかpickupしてみた。

●『中期および後期ラテン語辞典』 デュ・カンジュ著

●『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』 E・A・ポオ著 装丁:海豹皮

●『ベデッカー旅行案内書』 −ロンドン−

●『ボオドレエル作品集』 シャルル・ボオドレエル著 装丁:ミサ典礼書のような大型版。日本の綿毛紙に支那墨で教会活字印刷。豚皮装丁。

●『妻帯司祭』 『魔性の女たち』 バルベー・ドオルヴィリ著 装丁:ローマ最高法院の判事たちによって祓い清められた羊皮紙。紫のインクで印刷。版面を緋色の枠で縁取り。

●『巫女之鉄槌(魔女の鉄槌)』 ヤーコプ・シュプレンガア著

●『聖アントニウスの誘惑』 ギュスターヴ・フロオベエル著

●『ムウレ神父の罪』 エミール・ゾラ著

●『残酷物語』 ヴィリエ・ド・リラダン著

●『マラルメ詩華集』(高踏派詩集からの抜粋) ステファヌ・マラルメ著 装丁:羊皮紙。巻頭はすぐれた能書家によって記された、黄金の笹縁で飾られた古羅馬体の彩色文字の題名。アジア産の野生の驢馬皮装丁。浮出し模様のある古絹の背綴布。

●『夜のガスパアル』(抜粋) アロイジウス・ベルトラン著 装丁:白い日本の綿毛紙の表紙。仏桑華色と黒色の絹綴紐。表紙の裏に黒い打紐と、日本の美顔料、淫蕩の補助薬の如きものを上塗りした薄い薔薇色の打紐とを1つに結ぶ。

恐るべきビブリオフィルである。装丁に日本の綿毛紙や支那墨、おしろいなどのシノワズリ(中国趣味)が見られるのは、当時のジャポニズムの影響か。
『さかしま』第3章にも詳しいのだが、デ・ゼッサントはラテン語に堪能でラテン文学にも幅広く関心を持つ。ここでは『ラテン語辞典』のみに止めた。
『ベデッカー旅行案内』は馴染みが薄いかも知れないが、現在も続く旅行ガイド誌の老舗である。デ・ゼッサントが書店で買求めたのは、下図のようなものだったろう。(写真は1851刊スイスのガイド。)
baedeker.jpg
『ラテン語辞典』と『魔女の鉄槌』は、邦訳こそ無いものの、webで閲覧が可能だ。下記にリンクを挙げておく。
上記2点以外は、全て邦訳がされている。但し絶版となっている物もあるので、関心のある人は古書店をつぶさに探すのもよいだろう。

デ・ゼッサントの奇癖については面白いので、また折に触れ書いてみようと思う。
尚この記事を書くにあたり、『さかしま』澁澤龍彦訳:光風社版を参考としたが、現在は河出文庫版が入手しやすい。

■『中期および後期ラテン語辞典』(独語)
 http://www.uni-mannheim.de/mateo/camenaref/ducange.html#werk
■『魔女の鉄槌』(英語)
 http://www.malleusmaleficarum.org/
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2006年08月30日

『ニコラス・クリミウスの地下世界への旅』

 私たちの読んだ書物−長年のあいだこの病人の精神生活の大部分をなしていた書物−は、想像もされようが、この幻想の性質とぴったり合ったものであった。二人は一緒にグレッセの『ヴェルヴェルとシャルトルーズ』、マキャベリの『ベルフェゴル』、スウェーデンボルグの『天国と地獄』、ホルベルクの『ニコラス・クリムの地下の旅』、ロバート・フラッドやジャン・ダンジネー、ド・ラ・シャンブルの『手相学』、ティークの『青き彼方への旅』、カンパネラの『太陽の都』というような著作を読みふけった。  −ポオ 『アッシャー家の崩壊』

nicolas klimius.jpg
デンマークの作家、ルドヴィク・ホルベルク著の『ニルス・クリムの地下旅行』を知ったのは、澁澤龍彦のエッセイ集『マルジナリア』(ベネッセ)であったように記憶している。

岩波書店から邦訳が出ていたので紹介しておく。邦題は『ニコラス・クリミウスの地下世界への旅』。
岩波版は1741年出版のモヴィヨン仏訳版をテキストとしているが、澁澤は『ニルス・クリム…』と記述しているので、澁澤が読んだのはジル・ジェラール・アルベールによる改訳版(1949)だったかもしれない。

地球はカボチャの内側のような空洞世界になっていて、太陽があり、惑星があり、異形の人が住む。18世紀に書かれた、アイロニックな要素を含むSF小説の先駆。

Ludvig Holberg−Wikipedia(デンマーク語)
http://da.wikipedia.org/wiki/Ludvig_Holberg
Niels Klims unterirdische Reise. (PDF版 独語)
http://www.gasl.org/as/referenz/alles.php
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