今日、世間の人は一様に私のことを第二のルビンシュタインだといつているが、彼女の云い分の方が当たつているのだ。−アーネスト・ダウスン『利己主義者の憶い出』
拙宅には一台のピアノがある。
先日、友人が遊びに来て戯れに弾いたところ幾つか出ない音があったので、昨日修理と相成った。製造年から既に40年以上は経過している随分と古いアップライトピアノで、鍵盤蓋の裏にはRUBINSTEINと刻印されている。
ショパンの大家アルトゥール・ルービンシュタインから名を借りたのか、それともダウスンの短編にも登場したロシアの大ヴィルトゥオーゾ・ピアニスト、アントン・ルビンシテインの名を冠したのだろうか。(少し調べるとルビンシュタインピアノというメーカーが製造した国産ピアノであることが判った。)
ピアノなんぞ弾けないくせに何となく愛着があり、ベーゼンドルファーにもSteinway & Sonsにも敵わない只古いだけのピアノだったが、私はその趣きを大切にしたかったので結局修理を頼むことにした。調律師の方も随分と手こずったようだった。
かくして修理は完了し、RUBINSTEINは再び拙宅の居間に鎮座ましましている。
ピアノは家具や調度品ではない。楽器である。しかし残念なのはその楽器を楽器たらしめる奏者が拙宅には居ないことである。

