2006年12月16日

『穏健なる私案』 −スウィフトとサドのアナロジー

 サドおよびゴヤ以後、そして彼ら以来、非理性は、どんな営みのなかにもある決定的なもの、近代世界にとって決定的なものに、すなわち、どんな営みのなかにも含まれている殺人的で拘束的なものに属している。
 タッソーの狂気、スイフトの憂鬱、ルソーの妄想は、これらの作品そのものが彼らに属していたのと同様に、彼らの創作活動に属していた。
   −ミシェル・フーコー 『狂気の歴史』

A_Modest_Proposal.jpg
長いこと絶版だった、スウィフト『奴碑訓』:岩波文庫が復刊となっていたので購入した。
御目当ては、巻末併録の『貧家の子女がその兩親並びに祖國にとっての重荷となることを防止し、且社會に對して有用ならしめんとする方法についての私案』、俗に『穏健なる私案』(A Modest Proposal)と呼ばれるものである。

これは18世紀初頭のアイルランドの窮乏悲惨を見るに見かねたスウィフトが、筆をもって一矢報いた諷刺文書で、作品の骨子は、

「貧民に子供を産ませ、それを食物として売ることを推奨する。皮は手袋や靴にすればいい。それによって得る国益はいくらいくらだ。」

というグロテスクな一案だ。『穏健』が聞いて呆れる。
カニバリズム文学で真先に思付いたのが、サドの『食人国旅行記』(これは澁澤の改題。正式には『アリーヌとヴァルクールあるいは哲学小説』第2巻)だが、アナロジーと仰々しく銘打った割には大した類似性も見出せず、浅学非才をお詫びする次第である。
そもそもカニバリズムの解釈は大きく以下の3つに分類され、

1.人間の攻撃性が制度化されたものとする心理学的解釈。
2.蛋白源摂取の主要な手段としての解釈。
3.カニバリズムの多様性を認識した上で、背後の世界観や死生観を探る象徴人類学的解釈。

この内スウィフトは2.、サドは1.ないし3.であって双方の視点が最初から異なるので、類似性を見出す方が困難なのかもしれぬ。
『食人国旅行記』のあとがきに澁澤は、「あたかもスウィフトの筆致を思わせるような…(中略)…サドの作品中にあって類を見ない不思議な明るさ」と書いているが、これは『ガリヴァー旅行記』を指しているのだろう。
『穏健なる私案』には御伽噺のような明るさはなく、冷徹に算盤勘定をする生真面目なスウィフトがいるだけだ。

しかし両者ともその思想的根源は、フーコーの指摘したように『非理性』による逆説的ユートピアにある。
ゴヤ『我が子を食うサトゥルヌス』.jpg
かつて私が小学生のときに、武田泰淳の『ひかりごけ』を読んだ担任教師が、
「ヒトの肉って、少し酸っぱい味がするそうヨ。」
と言っていたが、私はこれを確かめてみる気にはなれない。
友人から「人を喰った物言いをするヤツだ。」とよく言われるので、もう満腹なのだ。


■『奴碑訓』 著:スウィフト 訳:深町弘三 岩波文庫
■『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』 - Wikipedia
■『アイルランドにおける貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案』 青空文庫
posted by Usher at 18:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 文学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Usherさま
早速のLINK、本当にありがとうございます。こちらこそ心より感謝申し上げます。

Goyaの「わが子を食うサトゥルヌス」@プラド美術館ですね!封印していたはずの、「理性が眠れば怪物たちが生まれる」やフュスリなどを思い出してしまいました。

さて、『ガリヴァー旅行記』の「フウイヌム国渡航記」からネーミングを拝借したと言われている、「yahoo」をPC上で常に愛用し、同書の第三篇に出てくるような巨大な「空飛ぶ島」を似せて建築した(と勝手に思っている)「ラ・ピュタ」@阿佐ヶ谷を憧憬する私としては、

痛烈な皮肉家、J・スウィフトの強すぎた愛国心こそが、『穏健なる思案』を世に著させた原動力かもしれぬと思っておりますが、如何でしょうか?

PS.鬼子母神伝説で、人肉は「石榴」の味がすると聞いたことがあります。案外、佐川一政の著書にその答えが記されいるかも・・


Posted by SAHARA at 2006年12月18日 20:46
>SAHARAさん コメント有難う御座います。
実はこの記事を書くのには随分と抵抗がありました。(^^ゞ
確かにスウィフトの作品はアイロニーに満ちたものばかりですが『穏健なる私案』はその中でも明らかに趣を異にするものなので、取上げてみました。

『愛国心とは野蛮な美徳である。』とはワイルドの言葉ですが、成程言い得て妙ではないでしょうか。尤も之はスウィフト一流の諧謔と思うのが一番良いのかもしれません。

Yahooの語源が『ガリヴァー旅行記』とは存じませんでした。私の常用のポータルはGoogleですが、こちらは10の10乗を意味する『googol』が由来と聞きました。Yahooに比べ天文学的でなんだか味も素っ気も無いですネ…orz
Posted by Usher at 2006年12月18日 23:36
尚、今年春の岩波リクエスト復刊として、この『奴碑訓』ほか『クリチスナ・ロセッティ詩抄』も同時復刊となっております。
もう御存じかも知れませんが、御参考まで…。
Posted by Usher at 2006年12月19日 00:08
tokoroです。先日はお疲れ様!

早速うちのブログにリンクはらせてもらいました!!!(^^;

他にリンクしているブロガーさんも楽しいブログだから遊びに行ってみてね!

それじゃあ!年中チェックしてるからね〜〜〜!
Posted by tokoro at 2007年01月05日 20:21
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