2008年04月13日

『池田満寿夫 知られざる全貌』展

格式にこだわりたくない。俺の仕事は岩波からプレイ・ボーイまで。
−池田満寿夫

『怖るべき子供たち』

つい、「マスオちゃん」と呼んでしまう。
本人にしてみれば、随分と無礼な話である。

故人とはいえ私より遥かに年長者であるし、世界的な芸術家でもあるのだから、画伯とでも呼ぶのが普通であるかもしれない。勿論、私とは一面識すらない。

池田満寿夫というマルチな作家を、私は彼の作品や、写真、人となりからしか知ることしか出来ない。パーマを掛け、細身のジーンズを履いて立つこの画家は、パッと見る限り近所のオニイチャンといった感じで、画伯然とした鼻持ちならない印象はまるで無い。

私が池田満寿夫の作品に触れたのはつい近年のことで、鈴木成一デザイン室が装丁を手掛けた角川文庫の『怖るべき子供たち』の表紙カバー、『海のスカート』(ドライポイント)だった。
厚手のクラフト紙にプリントされた池田の版画は、画家という枠に捕らわれないコクトーの作品にぴったりだった。

著名なヴァイオリニスト、佐藤陽子さんとおしどり夫婦として知られ、90年以降音楽や楽器をテーマとした作品を屡々創作していることも、私を親しみ易くしてしまう要素の一つかも知れない。

陶芸作品も多く残した池田満寿夫の展覧会、『池田満寿夫 知られざる全貌』が千葉市美術館で開催中である。5月18日(日)迄。


■『池田満寿夫 知られざる全貌』 千葉市美術館
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2008年04月08日

頭痛とロカテッリ

たんたらたら たんたらたらと 雨滴が 痛むあたまに ひびくかなしさ
−石川啄木『一握の砂』

Locatelli

此の頃片頭痛が日々の如く私を苛まし、記事の更新も儘ならない。
聞くところによると石川啄木は酷い片頭痛持ちだったようで、雨垂れのリズムさえ頭痛の拍動と連鎖して響くというのだから、相当なものだったのだろう。

啄木のように雨垂れが響くということはないけれど、私の場合、頭痛の酷い時にはロカテッリ『ヴァイオリンの技法』協奏曲第1番、特に第1楽章のカプリチオが、聖アントニウスの耳元で囁く怪物の声のように繰返し響くのだから敵わない。

「まァ、贅沢な苦悩もあったものだナ。ふふ。」
と独りごちてはしんしんと頭痛の治まるのを待つのが、最近の日常である。


■『ヴァイオリンの技法』(全曲)  イ・ムジチ合奏団
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2008年03月10日

『戦後フランス詩集』 −ルイ・アラゴン散文2篇

アラゴンにとつてエルザは、地獄の中を導くベアトリーチェである。エルザは単に彼の詩の源泉であるのみならず、生命そのものの唯一の支柱であった。
−矢内原伊作『抵抗詩人アラゴン』

『戦後フランス詩集』

仏文学と独文学を愛した叔父の蔵書から『戦後フランス詩集』(思潮社)を偶々見つけて、ルイ・アラゴンの詩が収められていたので、通勤の傍ら読んでみることにした。

収録作は次の2篇である。『盲目的な青春のポン・ヌフ』、『幸福とエルザについての散文』。
エルザ・トリオレは、アラゴンの作品に決定的な影響を与えた彼の伴侶であることは、既に御承知の通りである。後者の散文は、エルザを称えることによって、自分の全生涯と人間の最高の完成を歌っている。

先のエントリーにも挙げたG・ダヌンツィオにしてもそうであるが、非常に政治色の濃い詩人でもある(両者の思想は対称的ではあるが)。アラゴンを語る上で避けて通ることの出来ないテーマだが、本稿の趣旨とは異なるし、私はキナ臭いのは好まないので、ここでは割愛する。


■『戦後フランス詩集』 訳編:高村智 思潮社
■ルイ・アラゴン −Wikipedia
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2008年03月09日

アラステアの『サロメ』

黄金に輝くビルマ風の一角獣のまわりで、金糸と瑠璃の綾衣を身に纏ったアラステアがゴチックダンスを踊っている。傍らにはクッションを食むように置かれた青銅の鹿。そして、生身の少女から型をとった蝋人形。炉辺からは炎のような熱気が流れ込んでくる…。
−ガブリエル・ダヌンツィオ

Alastair's_Salome

先月半ばに贔屓の古書店より購入し、蝸牛の歩みの如く頁を進めてきた仏対訳『サロメ』(大正13年10月発行 白水社刊)をようやく読了した。
話の筋は解りきっているのだし、対訳なのだから日本語で読めば良いのだが、折角なので字引を片手にちまちまと読んでいたら、時間が掛かってしまった。まァ、そんなに難しいものでもないのだが。

さて、この対訳『サロメ』は一寸珍しいことに、アラステアの口絵が入っており、これが私を嬉しくさせた。

自称、さるバヴァリア皇子の御落胤というこの画家は、本名をハンス・ヘニング・フォクトといい爵位を入手してフォクト男爵とも称したようだ。
ビアズリーと比較されることも多いようだが、時代としてはビアズリーよりも少し後であり、画風はハリー・クラークのそれに一寸似た趣もあるが、その描写はクラークよりずっと病的である。

嘗てチャールズ・リケッツやビアズリーを世に送り出したジョン・レインによってその才を見出され、ダヌンツィオやサラ・ベルナールをはじめとする時代の寵児と交流を持ち、屡屡援助を受けながら、個展や時には匿名で私家版の挿画を描いた。
しかし、デカダン画家としては一番後輩のアラステアの画は、当時既に流行遅れであった。不遇の画家とも云えるだろう。

日夏耿之介訳の奢覇都館版よりも遡ること半世紀も前に、アラステアを日本に紹介した『サロメ』としてこの白水社版を評価したい。


■『24のカプリース』 −ピアノ伴奏版 (幣BLOG関連記事)
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2008年03月02日

『玉虫厨子』と『玉虫物語』

玉虫の厨子は、厨子というよりも宮殿のミニアチュールのようである。厨子といえば、一般には仏像や経巻をしまっておくための箱を意味するだろうが、これはむしろ須弥座と台座から成る二重の基壇の上に建てられた、小さな一つの宮殿そのものなのだ。
−澁澤龍彦『箱の中の虫について』

ドラコニア綺譚集 新編ビブリオテカ澁澤龍彦

昨日、法隆寺に奉納された玉虫厨子(たまむしのずし)の複製のニュースを聞いて、澁澤龍彦のエッセイに彼の級友が「玉虫の厨子を復原しようと躍起になっていた」…などという内容のものがあったのをふと思い出した。

澁澤氏はこのエッセイの中で玉虫と箱の関係を一寸ノスタルジックな話を交えて語っているが、マッチ箱に入っていたきらきら輝く玉虫の両羽は、澁澤少年を非常に魅了したようだ。 玉虫への愛着は構想半ばにしてついに書かれることのなかった小説『玉虫物語』へと、いずれは引き継がれたのだろうか。
氏の遺された創作ノートに見ることの出来るメモは、「天草四郎」、「曽丹のこと」、「藤原千方(ちかた)」、そして「長い長い洞窟を通り抜ける話。その途中でありとあらゆる奇事出来。」などとある。

澁澤氏が泉下の人となった今、それを読むことを出来ないのは、返す返すも残念だ。


■「玉虫厨子」複製、法隆寺に奉納 YOMIURI ONLINE
■『ドラコニア綺譚集』 著:澁澤龍彦 河出文庫
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2008年02月23日

『誌上のユートピア 近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915』展

『誌上のユートピア』展

『誌上のユートピア 近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915』展が神川県立近代美術館 葉山館で開催中である。

アール・ヌーヴォーや世紀末芸術が、日本の装丁の黎明や工芸技術に与えた影響を知る上で、重要な参考資料と成ることは必至であると思う。古書ファンの目にも華やかな展覧会。

※『The Yellow Book』(1894年創刊)が出展されているとのこと。


■『誌上のユートピア 近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915』 神川県立近代美術館 葉山館
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2008年02月22日

ヘンデル氏の作品でないヘンデルのソナタ −或いはその様式美

ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集.jpg

先般、公の場で演奏することになり(と言っても演奏会のような大袈裟なものではなく、ササヤかな発表会だが)、さて選曲をどうしたものかと考え倦ねていたので、我が提琴の師に相談することにした。

「今、丁度練習なさっているヘンデルのソナタNo.2では如何ですか?」
「4楽章を全て弾くには長すぎますよ。先生。」
「第1、第3、第4楽章の3曲ではどうでしょうね。」
「それでは、緩緩急のAAB形式になってしまいますが…。」
「第1楽章と第3楽章を絶え間なく弾くようにして、1曲のような形にしてしまえば良いのですよ。その後、第4楽章に一気に入るようにしては如何かしらね。」
「…!」

成程、つまり緩急の2曲にしてしまうのである。これならまだ自然かもしれない。緩急緩急と云えばバロックソナタの形式の定番であるが、こうした様式美を考慮しながらの選曲も楽しいものだ。

現在ヘンデルのヴァイオリン・ソナタとして敷衍しているNo.2は、正確には作品1-10にあたり、実際にはヴァイオリンでの演奏の指定はない。またこのソナタの版は主に3つあり、内、大英図書館に所蔵されている「ウォルシュ版」の1つには、作品10と12は「ヘンデル氏のソロではない」と書かれているそうである。

愈々真作か否かは定かでは無くなってしまったが、楽器の指定のないヘンデル氏の作品ではないソナタを、様式を保ちつつもヴァイオリンで弾く…というのも少々不思議な心持がした。


■『ヘンデル/ヴァイオリン・ソナタ集』 アルトゥール・グリュミオー
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2008年02月17日

弾かないピアノ

今日、世間の人は一様に私のことを第二のルビンシュタインだといつているが、彼女の云い分の方が当たつているのだ。
−アーネスト・ダウスン『利己主義者の憶い出』

拙宅には一台のピアノがある。
先日、友人が遊びに来て戯れに弾いたところ幾つか出ない音があったので、昨日修理と相成った。製造年から既に40年以上は経過している随分と古いアップライトピアノで、鍵盤蓋の裏にはRUBINSTEINと刻印されている。
ショパンの大家アルトゥール・ルービンシュタインから名を借りたのか、それともダウスンの短編にも登場したロシアの大ヴィルトゥオーゾ・ピアニスト、アントン・ルビンシテインの名を冠したのだろうか。(少し調べるとルビンシュタインピアノというメーカーが製造した国産ピアノであることが判った。)

ピアノなんぞ弾けないくせに何となく愛着があり、ベーゼンドルファーにもSteinway & Sonsにも敵わない只古いだけのピアノだったが、私はその趣きを大切にしたかったので結局修理を頼むことにした。調律師の方も随分と手こずったようだった。

かくして修理は完了し、RUBINSTEINは再び拙宅の居間に鎮座ましましている。
ピアノは家具や調度品ではない。楽器である。しかし残念なのはその楽器を楽器たらしめる奏者が拙宅には居ないことである。
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2008年01月11日

平井の思い出

私が5才位までの頃、東京は江戸川区にある平井という街に住んでいたことがあった。
居としていたのは所謂公団住宅の一室で5階建程のアパートだったが、相対的視点というものだろうか。幼い私の眼には高層マンションのようにさえ高く思われた。

朝には浅蜊売りの呼び声が聴こえ、夕べになれば豆腐屋の喇叭が高らかに響き渡る。窓から顔を覗かせれば、遥か遠くに工場のプラントやガスタンク、煙突などが霞み掛かって観えていた。

先日気紛れに平井で電車を降りてみると其処には工場など無く、商店街や住宅街が広がるばかりだった。エミール・クレペリン云うところの追想錯誤だったのだろうか。

常に曇りであったような記憶のある平井の空だったが、その日は見事なまでの快晴であった。
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2008年01月06日

『ブログ解体新書』

死屍累々。聖ヨハネとサロメの骸が折重なって、弊ブログに何やら死臭が漂ってきた。ここで少し気分転換である。





へええ、こいつは面白ェや。
しかし『院曲撒羅米』がやたらに目立つね。


■ターヘルタグトミア …URLから自動的にタグを生成
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